ライアン・ジョンソン監督による、2019年の米国映画。初無料配信が字幕と吹替で一ヶ月。くわしくは後述するが、字幕での視聴をすすめる。
高齢のミステリ作家が豪勢な自宅の最上階にある一室で死体となっていた。警察は自殺として処理するが、何者かに依頼された私立探偵が事件に介入する。
その日、ミステリ作家の子供や孫たちはいつものように衝突していたという。ミステリ作家につきはなされ、それが殺害の動機になった者も複数いた。
そしてミステリ作家につきそっていた移民の若い看護士に、私立探偵は目をつける。少女は看護をするだけでなく、友人として囲碁の対局などもおこなっていた……
2017年の『スター・ウォーズep8 最後のジェダイ』ではシリーズファンから現代性を評価されたが、少なくない批判もあびたライアン・ジョンソン監督。
今回も脚本をつとめつつ、製作まで兼任。奇妙な館を舞台にした、古典的な本格ミステリを思わせるオリジナルサスペンスを完成させた。
あくまで現代社会のドラマだが、遺産相続争いも横溝正史的なミステリを思わせる。同時に移民の少女を事件の中核において、現代の問題を反映した社会派サスペンスらしさもある。
台詞で「ネトウヨ」や「パヨク」という訳語がつかわれた驚きも印象的。それはただ流行り言葉を翻訳者が引用しただけではなく、そうした左右の思想どちらも内心では移民を見下しているのではないかという問題意識がストーリーと密接にむすびついている。
またそのように思想的な立場も、それによる服装の差異なども明確なおかげで、群像劇的な外国映画なのに登場人物を見わけやすいことも良かった。
謎解き映画を鑑賞する時は、映像の手がかりを重視するなら字幕に目をうばわれないよう吹替が、台詞の微妙なニュアンスをとりこぼさないためには字幕が向いている。
いかにも奇妙な構造の館を舞台にして、「隠し扉」のような物理的なトリックも事件に深くかかわるが、必要なビジュアルの説明は謎解きより早くおこなわれる。この作品の伏線は台詞を細部まで認識しておかないと謎解きにおいて納得しづらい。それゆえ、冒頭で書いたように字幕で鑑賞するのが向いている。
謎解き自体はそれほど難しくない。「看護士」が事件の中核に存在することは中盤で判明して、中盤からは「倒叙ミステリ」として物語が進行する。「被害者」から「指示」された「看護士」がどこまでうまくやれるかがという方向のサスペンスが終盤までつづく。
もちろん「倒叙ミステリ」として進行した物語はそれだけでは終わらず、中核の「さらなる中核」に隠されたものが最終的に暴かれる。いったん描かれた事件をなぞるような「二重構造」ゆえに見ていて理解が追いつかなくなることがないし、なおかつ微妙な違和感が細部まで解明される爽快感もある。
つらぬいた良心がすべての悪意に打ち勝つという教訓も、説教くさくなく胸に落ちる。社会派テーマとスリリングな謎解きが両立した佳作だ。
ちなみに看護士がどこからの移民なのか説明がまちまちではっきりしないが、これは翻訳のミスではないらしい。
あの子のルーツはどこにある~『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』(少しだけネタバレあり) - Commentarius Saevus
たぶんこれはアメリカ人の自国中心的な地理理解がメチャクチャで、寛容を訴えるにせよ排外主義を唱えるにせよ、結局アメリカ人はどういう国から自国に移民が来ているのか、また知り合いの移民がどういうルーツを持っているか、ちゃんと真摯に学ぶ気がないという皮肉なんだろうと思う。
この指摘が正しいのであれば、ゾンビ映画『カミングアウト・オブ・ザ・デッド』の一幕のような効果をねらった描写なのだろう。
同性愛者や原理主義者や共和党支持者がドロドロになるまで争う『カミングアウト・オブ・ザ・デッド』(01:29:14)配信期間:2017年10月9日~2017年11月8日 - ふむめも@はてな
ゾンビが蔓延する前、隣の夫妻とヒロインとの会話がいい。