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人は神の視点で戦争ができるのか『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』(01:42:03)配信期間 2019年4月29日~5月28日

アラン・リックマンの遺作となった、2015年のイギリス戦争映画。初無料配信を約1ヶ月。

gyao.yahoo.co.jp

ケニアの首都ナイロビでイスラム系テロリストをとらえようと、各国合同で小さな作戦が展開される。

米国の無人偵察機、いわゆるドローンが高空から全体を監視。ケニアでは現地の特殊部隊が待機して、一般人にまぎれた偵察員が敵地へ接近。英国が全ての情報をつかさどり、とるべき行動を選ぶ。

最初は殺害ではなく捕縛しての裁判が目的だったが、状況が変転して新たな情報が出てくるごとに判断の変更をせまられ、そのたびに議論が百出する……

 

最新兵器ドローンを主軸とした戦争映画だが、ただモニターごしに現代的な戦場を描く作品ではない。その情報がリアルタイムで共有されることによって、さまざまな立場が同時に動いていくことを描く群像劇だ。

冒頭でナイロビ現地の一般家庭が映った時点で、彼らが作戦に巻きこまれる展開になることがわかる。彼らが原理主義とは距離のある価値観を持っているのは観客の共感をさそうためだろう。しかし、危険な現場と安全な基地という対比というわけでもない。

 

テロリストは倒すべきだが、近くにいる現地家族は巻きこみたくない。

その葛藤によって許可を出す政治家を迷わせ、会議を踊らせ、煩雑な手続きで判断が先延ばしされていく。兵器を操縦する軍人も、責任に応じた権利を主張して、周囲の被害をできるだけ避けようとする。

 テロリストと現地家族は、群像劇を動かすための記号として処理されている。欧米からテロリズムに身を投じた動機などは描かれないし、現地家族は救われるべき一般人と示す以外の複雑な描写はない。

対する攻撃側は、新たな意見によって判断が複雑化していく。少数の命を巻きこんで多数の命を救う選択肢が議論されていたところ、少数の命を巻きこまず多数の命を犠牲にさせれば宣伝戦で勝てるという「視点」が提示されたりする。

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さらにケニアが友好国で、テロリストが英米人ということで、その命を奪う攻撃に特別な許可が必要になるという皮肉もある。

圧倒的に安全な立場から、どの命を奪うのか。政治家と軍人が神の視点で掌の中の命を選ぶ戦場。

 

実のところ、状況はほとんど動かず、同じ画面に映る役者も少なく、近年の欧米の戦争映画としては低予算だろう。

しかし、作戦を合同で進めていく離れた場所と、緊迫の現地をカメラで切りかえていくことで、画面は単調さをまぬがれている。

映される光景は同じでも、新たな情報と展開によって意味が変わっていくことも、サスペンスを持続させる。

ひとりテロリストに接近して、危険な綱渡りをつづける現地偵察員によって、戦争映画らしい緊迫した描写も出てくる。

ハリウッド映画と比べてイギリス映画らしい落ちついたカメラワーク*1も、サスペンスフルな戦争映画でありながら独特の渋味ある雰囲気を作りだしている。

 

そして物語の結末は予想されたとおりだが、ひとつだけそれまでの視点を裏返すところがある。

ずっと神の視点で描かれてきた戦場で、傷ついた少女が動いていることだけを確認して作戦が終わる。

そして少女を救おうとする父親の願いに応じて、テロリストが車の荷台に乗せてやる。そこでテロリストは設置していた武器を地面に捨てることを選択した。選択することができた。

少女をかかえて病院に入る父親。神の視点で戦場を見つめていた政治家や軍人はそれを知らない。可能性は知っていたが、無視することに決めたのだ。

会議で指摘された宣伝戦の観点から考えると、やがて父親はテロリズムに身を投じるかもしれない。選択肢は欧米の権力者だけが持っているわけではないのだ。

それでも人は神の視点で戦争ができるのか。

*1:テーマとの関連もあって固定カットや俯瞰カットが目立つ。さらに登場人物を画面の中心に置くカットの多用が独特。