第二次世界大戦前後を描く2008年の中国映画。香港からハリウッドまで幅広く活動していたドニーイェンが、アクションにとどまらない演技の確かさを証明した。
邦題で「序章」とついているとおりシリーズ第1作だが、この映画だけで物語はきちんと完結している。
日本による中国支配の激動を、あくまで片隅で体験した武術家個人の視点で描くことで、内容に無駄がないし、描写の不足を感じさせない。
イップ・マンは暴力を好まないし、支配に対してもギリギリまで受け流そうとする。端々で強さを見せつけるが、耐えることを選ぼうとする。だからこそ、決意をもってたちあがるクライマックスがカタルシスにあふれるのだ。
日本人を安易に悪魔化しないことも見事だ。
きちんと俳優をそろえていて、日本兵の日本語がちゃんとしているから、ちゃんと人格をもったキャラクターと感じられるし、翻訳を利用したゴマカシに説得力がある。
ラスボスの三浦という将校は池内博之が演じて、武術を好む支配者なりの風格と、それなりの信念を見せる。他の暴力的な日本兵も、横暴な支配者なりの理屈を主張する。悪事のために悪事をはたらくような陳腐なキャラクターは登場しない。
逆に中国側にも貧しさを背景として同じ中国人から奪う犯罪組織がいて、ただ中国人というだけで善良なようには描かない。葛藤しながら日本軍に協力する中国人もいて、その温度差が群像劇をつくりだす。
ドラマのシリアスさを支えるように、画面が落ち着いているのも特徴だ。色彩からしてくすんでいて、上品な印象がある。
中国らしく巨大なオープンセットで街を表現するが、あくまで街にとけこんで生きる武術家のドラマなので、特に壮大な風景を見せたりしない。必要最小限の舞台にとどめているので、大味にならない。