『マシニスト』のブラッド・アンダーソン監督による、2014年の米国映画。高評価なので視聴すると、これが意外な完成度と雰囲気のある作品だった。
舞台は20世紀直前のイギリス。田舎の奥地に隔離された精神病院で、当時らしからぬ自由で先進的な治療がおこなわれていた。そこで見習い医師をすることになった青年は、病院に隠された秘密を知る……
B級映画マニアには特別な印象をもつワード「アサイラム」だが、この作品の場合は単純に閉鎖病棟の意味であり、くわえて真相から「避難所」の意味もこめられていると思われる。
安っぽく廃墟で適当に撮影したホラーかと思いきや、冒頭から登場人物が多いのに俳優や衣装に隙がなく、雰囲気がまったく壊れない。
映像全体にも力が入っていて、落ち着いた雰囲気で当時の情景がしっかり再現される。霧の中から病棟が姿をあらわす導入もムードたっぷり。それ以降も派手さを抑えたVFXと大規模セットが作品を支える。
GYAO!の番組説明で「稀代の推理作家からの挑戦状。あなたは、この謎が解けるか――。」とあるが、その「推理作家」とは世界初の現代的な探偵小説を書いたエドガー・アラン・ポーのこと。おそらく原作名「タール博士とフェザー教授の療法」を公開すると真相が気づかれてしまうので隠しているのだろう。
もちろん現在なら真相に見当をつけることは難しくない。精神医学をモチーフにした作品で似たオチを見つけることはたやすいだろう。
しかし、この映画は真相が明かされた後、そこからどのように救われるかというサスペンスが持続する。特異な閉鎖環境におかれた主人公がどのように周囲の目を逃れて情報を集めて危機を脱せるか。その活劇としての完成度はけっこう高い。
ここで映画は原作から飛躍して、現代的なテーマをおびていく。
原作は多義的な読解が可能だ。作者の社会制度観にもとづいて「精神病者を甘く受けいれると社会がのっとられる」恐怖を描いているという解釈もあるが、描かれる治療の先進性からすると「偏見に満ちた当時の精神医学への批判」とも読める。
この映画は、現代では通用しえない精神病の説明からわかるように、後者の解釈を採用しつつ、先進性の「性急ゆえの挫折」まで描いたといえるだろう。この映画で描かれる精神病棟は、いわば社会全体の縮図だ。偶然かもしれないが、「革命で病院を支配」した院長は禿頭の髭面で、どこか「レーニン」を思わせる。
そして映画は、精神病棟を舞台としたゴシックホラーらしからぬ「穏やかで平和」な結末へとたどりつく。
かぎりない挫折はあったし、せつなさは残ったが、つづけられた挑戦も無駄ではなかったという清々しい結論だ。
その情景には映画オリジナルの「主人公も偽者」という真相もかかわっているが、おかげで主人公の女性に対する「保護するという態度は相手を格下の物と見るのと同義」という問題もきちんと劇中で批判され、解消された。
社会派テーマと娯楽サスペンスが高度に融合した、地味な佳作といえるだろう。邦題や主題で敬遠されやすそうなのがもったいない。