観念的なホラー映画で知られる黒沢清監督の、2014年作品。監督自身が脚本を手がけ、ロシアでロケし、現地スタッフを活用し、中編映画としてまとめあげている。
日本でちょっと知りあっただけの男を追って、ひとりの少女がロシアまでやってくる。大きなトランクをひきずって、傷つきながら身の丈にあわない夢を追おうとする少女は、かなわぬ夢を追いつづける他の日本人に出会って、異常な世界へとのめりこんでいく……
黒沢監督は、社会から少し外れた主人公が、違う論理をもつ世界にふれて、その 異世界へ同化してしまう展開を好んでいる。この映画はマフィアが隣人として存在するロシアを異世界に位置づけたといえよう。
映像面も黒沢監督らしい長回しや、そっけなくも激しい暴力の応酬が充実。さらには全てをひっくりかえすクライマックスまで、夢を追う人々への辛辣な批判と裏腹な賛歌に満ちている。
この何物にもなれない迷い人なヒロインを、トップアイドルグループで君臨することを辞めた前田敦子が演じるという構図もおもしろい。単純に痛々しさを皮肉っているかに思わせて、かつて激しい振付を演じていたアイドルらしい身体力を見せつける。
ちなみに、当初は監督が前田敦子主演で進めていた日中合作映画が制作中止になり、その代替的に作られた作品らしい。その合作映画が戦前中国を舞台とした大金をめぐる争いだったらしく、その舞台をロシアに置きかえたと想像できる。
映画そのものは、結末の主題歌演出でわかるように、もともと主演の前田敦子のミュージックビデオだった。ローマ国際映画祭で受賞したといっても、期待しすぎてはいけない。それでも、黒沢監督が過去に手がけたVシネマ的な作品と思って見れば、完成度の高さに満足できるだろう。